2012年12月31日

耳赤の一局

これから古碁をテーマにした記事を少しずつ書いていきたいと思います。
私は今まで余り古碁を勉強してこなかったのだけど、ヒカルの碁の棋譜の元ネタには古碁が多く使われてたりもするので、記事を書く上でもっと古碁を深く知る必要が出てくると思うし、初心者講座やヒカルの碁などの記事を書く為にも、もっとしっかりした記事を書けるようにならないと話にならないと思うので、記事を書く練習も兼ねて取り組んでいきたいと思います。

まあでも、題材として取り上げるのは、私が今までに並べてきた数少ない古碁の中から、ということになるだろうけど。で、今日はとりあえず第一回ということで、『耳赤の一局』から始めたい思います。多分碁打ちなら誰でも一度は並べたことがあるだろうし、記事にする意味もないぐらい有名な碁だとは思うけど、あえてここからスタートを切りたいと思います。



 黒 安田秀策(本因坊秀策) 白 井上因碩(幻庵) 黒の2目勝ち

1846年(弘化三年)。秀策18歳(四段)、幻庵49歳(八段)の時の対局。従来は黒の3目勝ちとされていたが、実戦の手順通りに従うならば実際は黒の2目勝ちとのこと。


秀策の先番で始まった本局。1、3、5が「秀策流」と呼ばれているご存じ秀策の得意布石ですね。秀策はこのときまだ18歳だそうですが、この時すでに自分の得意布石を確立していたことがうかがえます。そして黒9の「秀策のコスミ」に、白が10と掛けていって、ここから戦端が開かれました。

続いて黒1のツケから大斜定石が進行しますが、手順中14のノビに対し、黒15と這ってしまったのが有名な秀策のミスですね。

前図15のハイでは、▲のケイマでなければいけなかった。誰でもこう打ちそうなもんなのに、秀策でもこういうミスをするのだと思うと、ちょっと親近感が沸いてきますね。白Aのコスミつけに対しては、黒Bとノビることができます。以下・・・

白3とハネ出してきても黒4と切ることができ、白5に対しては6~10までシチョウが成立しています。ご確認ください。

実戦、1とハッてしまったが為に、4~6の二段バネが厳しい追及となりました。

黒は下辺で小さく活きるのでは悪いということで、秀策は隅に二段にハネてコウでのサバキを目指します。1のキリ一本はコウ材づくりの意味ですね。

続いてコウ争いが始まりますが、黒は11と17のソバコウを使いながら、21まででコウを解消しました。

白22の出に対し、23と外したのはちょっとした工夫とされています。直接抑えて26のところのカミ取りで生きられる形に比べて、実戦は死活の関係で黒から30のところのカミ取りが先手になる可能性を残しました。なので、それは大きいということで白は30につなぎましたね。以下35まで右下の戦いが一段落しましたが、黒は小さく活かされたのがツラく、既に先番の利は失われつつあるようです。

局面進んで上辺のサバキが焦点となっているところですが、ビシッと▲ツケ(90手目)がサバキの筋で、流れはさらに幻庵へと傾いていきます。ここからの幻庵の打ち回しも非常に参考になります。

まず、1のツケから黒6ツギまでと替わって上辺に生きを残しておいてから、白7と右辺の形を決めに行きました。

手順中、白9のアテツケがうまく、先手でビシビシ決めつけて17の活きに回っては幻庵が一本取った格好ですね。この碁は、耳赤の一局として有名なだけではなく、序中盤の幻庵の打ち回しにも定評があります。

右側一帯の決まりがついて、白優勢の局面。逃げ切りを図りたい白ですが、8とハザマについたことによって、この後歴史に残る一手を誘発してしまうことになります。あくまで結果論でしかないものの、8では左辺を守る手も有力だったとのこと。

127手目、この手が耳赤の一手!
この手が打たれた時、対局を見ていた医師が、幻庵の耳が赤く染まるのを目にし、秀策の勝ちを予言したとの逸話からそう呼ばれています。相当の動揺があったんじゃないかということですね。

手の意味としては、黒は上辺の模様を拡大しながら、Aの利かしを見て右方の白の厚みを制限し、また○の4子に声援を送りながら、左辺打ち込みへの足掛かりとする一石四鳥の手と言えます。
ヒカルの碁の15巻で、「ここの佐為の一手、上下左右八方睨んだ凄ェ手だ。こんな手打たれたら力の差に相手も打つ気なくしちゃうぜ」とヒカルが言っているのは、この手のことですね。

この手の評価については賛否両論あって、それほど大した手でもないという説もありますね。しかし、私はやっぱりこの手は偉大な一手だと思います。

歴史に残る一手というのは、その手の良し悪しだけでなく、誰が打ったかとか、対局の重みや背景、また勝敗が非常に重要になってくると思うからです。――つまりは、本因坊秀策が、幻庵相手に、分かりやすい八方睨みの手を打って勝ったという事実こそが、名手を名手たらしめている要因に他ならないと思うのである。
あるいはまた、コロンブスの卵と同じ理屈で、簡単そうなことでも始めにやるのは難しいということも挙げられると思います。

耳赤の手以降、流れは徐々に黒に傾き始めますが、耳赤後の進行も面白いですね。
黒1の左辺消しから空中戦が展開されますが、白6の手なんかは何とか耳赤の手の効力を殺いでやろうという、幻庵の意地のようなものが見える気がします。

続いて1~6の応酬も見応えがありますね。白1とオキを飛ばしてきますが黒は手抜きで2と迫り、白もそれに応じることなく3と背後から忍び寄る。黒は4と連打し、白5の反撃に対しては6と右から連絡する。常に相手の意図の裏を掻くような石運びを見習いたいものです。

この後、165手目で上辺が止まった辺りで黒に形勢が傾いたようで、それ以降は秀策が堅実な打ち回しで逃げ切りました。

そしてやはりこの一局は、ヒカルの碁なくして語ることはできないですね。記事中でも触れましたが、消えた佐為の手がかりを求めて最後に棋院の資料室までやってきたヒカルが、初めて秀策の棋譜を目の当たりにし、佐為を失った後悔と悲しみに打ちひしがれるシーンです。
読者視点でみれば、佐為の消失はある程度予感されたもので、物語全体の流れからすれば必然的な部分もあるようにも見えますが、やはりヒカルにとっては、自分の親友だとか兄弟といった最も身近な人を突然失ったに等しいわけで、その絶望たるや想像を絶するものがあります(最終巻スケッチブックの作者コメントでも触れられていますね)。

我々が誰か大切な人を失ってしまった時、その人を知る者同士で、悲しみや辛さを共有することが出来る。ところがヒカルは、その悲しみや苦しみを誰にも打ち明けることも出来ず、一人で抱え込んだままそれを受け入れなければならないというのは、余りにも過酷な試練だったと思われます。「神様お願いだ!」と叫ばずにはいられなかった、ヒカルの心中察するに余りありますね。
またこの資料室のシーンは、佐為の不在を物語るような静寂の演出も素晴らしく、作中屈指の印象的なシーンとなっていますね。

ところで解説の引用についてだけど、私はこの碁は今までに何度も並べてきて内容が殆ど頭に入っているので、今回それを思い起こしながら、ところどころ間違いがないか棋書で確認しつつ、記事にしたといった感じです。ただ、さすがに棋書から丸写しってのはマズイと思ったので、細かい分岐や具体的な変化図については載せていません。あくまで大まかな流れと、着手の是非の指摘に留めているといった感じです。なので、より詳しく知りたいという方は棋書をお求めの上でご確認ください。その点悪しからず。では!

2 件のコメント:

  1. 匿名2/18/2014

    ヒカルの碁 連載中は私は小学生で、意味も分からずただ緻密な絵を眺めているだけでしたが
    たまたま本因坊秀作囲碁記念館を調べることがあり、耳赤の一局とは何だろうと検索したところ
    このページと出会えました。

    この記事を読んで、ヒカルの碁… 大人になった今、改めて読みかえしたいと心から思いました。
    あの時は理解できなかったであろう作者の意図が、将棋は分からないのですが、今こそ分かる気がします。
    コメントせずにはいられませんでした。ありがとうございました。

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  2. コメントありがとうございます。
    >この記事を読んで、ヒカルの碁… 大人になった今、改めて読みかえしたいと心から思いました。
    是非とも読み返してみてください。そして、もし興味がお有りであれば、是非とも囲碁を始めてみてください。囲碁を覚えてからヒカルの碁を読むと、また違った面白さと発見に出会えるはずです。

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