ヒカルの棋風を称して、「うまいと思わせる碁を打つ」と、作中で二人の人物が言ってますね。一人は、院生師範の篠田先生(8巻、第68局)、もう一人は、北斗杯合宿で社が検討時に語ってます(21巻、174局)。
碁で「うまい」と形容されるのは、シノギやサバキを成功させた時や、絶妙のタイミングでの利かしや様子見、或いは誰も見ていなかった筋で手を作ったり、返し技を食らわせたりといった時でしょうか。いずれにせよ、攻める時には余り使わない言葉ですね。
と前置きはこのぐらいにして、今日はヒカルの棋風の秘密に迫るべく、社に「うまいと思わせる碁を打つ」と思わせた、その塔矢邸での練習碁を取り上げてみたいと思います。
黒 進藤ヒカル初段 白 塔矢アキラ三段 白の5目半勝ち
局後の検討で、倉田さんが「ここは上からかぶさるのもあるかな」と言っているのは、26手目ですね。▲にツメた手で、Aあたりにボウシしてはどうかということだと思いますが(その左下のカケとかもありそうだけど)、黒はB方面へのスベリなどを見ながら、▲のところに一間にヒラくとかすれば、根拠を得るぐらいは簡単に出来そうですね。アキラは簡単に黒に治まられては面白くないと見て、▲の詰めを選んだのだと思われます。
続いて、下辺を動くのはアキラの術中に嵌ると見たのか、ヒカルは先に左辺から左下一帯の消しを優先させました。
1~17まで、相手の勢力圏であっという間に形についた、軽いステップを見習いたいですね。その代償に○の石は痛んでしまったので、形勢自体はバランス取れてるのかも知れませんが。
手順中Aのカタツキを打つ前に、▲のツケで様子を見たのがミソだったような気がします。白がBに受けてくれたので、CツケとDオシの利きが生じて、黒は非常にサバキが楽になりました。かといって、白はBではなく外からオサえていっても、黒は隅の三三にハネて生きを見たり、或いはキリ違えて利き筋を増やしたりといった手段があるので、白は余り得しそうもないですね。▲のツケは様子見の常套手段なので、覚えてほしい手ですね。
局面進んで、○の石を活用するべくヒカルは下辺に打ち込んでいきました。
続いてアキラは3のところに遮るのは利かされと見たのか、2からまとめて攻めに行きましたが、黒は白の薄みを狙いながらズルズルと這い出て、黒11まであっという間に左辺の黒と連絡してしまいました。ここら辺も見事な応酬ですね。まあでも、下辺減らしたけど、右下の黒地も減ってるから、ここでも形勢自体は余り動いてないのかもしれないけど。
そして、白が下辺を追求してきた時にヒカルが放った67手目が、何となく「うまそうな」手ですね。白は×のところの薄みを狙ってるわけだけど、ただ守るだけの手は打てない。白も右下からの石が弱いので、それをうまく突いた手のような気がします。
続いて黒6まで、手順で左方と連絡しながらAに切る手も残ったので、▲の効果は十分上がってそうですね。
ここまで、左辺と下辺の二箇所でヒカルはサバキを成功させているわけだけど、確かに「うまく」打ちまわしてる印象は受けますね。でも単純に、シノギやサバキのうまさだけで、「うまいと思わせる碁」を打っているのだと結論付けるより前に、もう少しこの碁におけるヒカルの打ち筋を探求してみたいと思います。
局面少し戻って、右上44手目、今度はアキラの様子見のツケに対し、ヒカルはジッと反対側に伸びました。全く見たことが無い手というわけでもないけど、何だか不思議な手ですね。この手が好手なのかどうか、どういう意図があるのかは、私にはよく分からないけど、通常ツケに対してはA~Dの受けが普通なので、2にノビる手は奇怪な印象を受けます。まあでも、多分ヒカルはこの手が一番白がサバキにくい強い受けだと判断したんでしょうね。
確かに、手順を変えてみると、星に白がスソガカリして黒がぶつかった形に近いので、言うほど変な手でもないのかもしれないけど、こういう風な形に囚われない着想の柔軟さこそが、ヒカルの「うまいと思わせる碁」を形作っているような気がしますね。この練習碁は結局負けてしまったけど、負けてなお社や倉田さんに、その巧みな打ち回しを印象付けた一局でした。
秀策(佐為)も、サバキやシノギにはそれなりに定評があったと思うけど、弟子であるヒカルにも、そういった良いところはしっかり受け継がれているようですね。ヒカルが華麗にシノギを決めて勝った碁は、プロ試験の和谷戦や越智戦など、重要な対局でも出てくるので、その碁についてもいずれ取り上げたいと思っています。では、また今度!
2012/5/18初出
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